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人間関係の苦しみは意識と無意識の闘い ~『セールスマンの死』(段田安則主演)父と子の葛藤~

「セールスマンの死」の原作と舞台は、私たちの心のなかの複雑な葛藤を、ひとつの家族の物語として見せてくれていました。
悲哀が、28歳の私の心にあたたかい涙をあたえてくれた舞台が、今、66歳の私に問うています。
「競争や能力への渇望を手にしたまま、いまだ自分のほんものに手が届かず、あなたは今どのように生きたいのか」と。

目次

仕事も家庭もうまくいかない男の悲哀(滝沢修 主演)

38年前に観た滝沢修主演の「セールスマンの死」の主人公の絶望は、今も胸にせまって思い出されます。

父親ウィリーのズタボロ人生

 車や家電のローンと修理費、生命保険の分割払いに追われながら、広大なアメリカをセールスして回る主人公ウィリー、64歳。営業成績は転落し、とうとうクビになる。2人の息子たちは期待外れに育ち、子どもたちにはもう父親への愛も尊敬もない。彼の苦しみを分かるものは誰もいない。
ついには、生命保険金と引き換えに自死する。

仕事もうまくいかず家族からも理解されない初老の父親ウィリー(滝沢修)の孤独と絶望が、私自身の父の姿とかさなるように、28歳の私の胸にもせまりました。

名優・滝沢修のすごさ(蛇足ですが、、、)

 当時、滝沢修は78歳くらい。2時間を超えるしゃべりっぱなしの舞台でもセリフはよどみなく、ウィリーの苦しみが目の前にリアルに存在していました。
しかし、私の席は下手(しもて : 舞台に向かって左手)最前列だったので、プロンプター(セリフを小声で教える人)の声が舞台袖から漏れてきました。セリフのタイミングが少しでも遅れると、あるいは遅れそうになる寸前に、セリフを読みあげる声がはっきり聞こえてきました。
けれど、滝沢修は途切れることなくウィリーそのものでした。さすが名優!すごい演技力でした。
(後部席の観客は、彼のセリフの暗記力に驚嘆していたことでしょう。)

価値観の葛藤の物語(段田安則 主演)

欲望と意志のあやうさ

今回のウィリー(段田安則)は、哀愁の衣をまとっていませんでした。
強い欲望と意志を持ち、自分にも息子にも、
「やればできる! もっとやれ! できる!」の一点ばり。
しかし、彼の強さにザワザワしました。強さで隠さなければならない「あやうさ」を感じました。私のなかにも同じ弱さがあって、それがのど元にまであがってくるようでした。
なぜ、彼の強い欲望と意志の奥に、弱さやあやうさが見えるのでしょうか?
それは、彼自身の欲望と意志というより、時代と社会の欲望と意志が彼にとりついているからではないでしょうか。
ウィリーの本当の想いや願いは、ウィリー自身さえ気づいていないのかもしれません。

彼の潜在意識は、自分の潜在意識とはかけ離れてしまっていたのです。

父と子の葛藤=顕在意識と潜在意識の葛藤

成功を渇望するウィリーの顕在意識は、まるで独裁者のように彼の心を支配し続けてきました。自分の本当の感情が顔を出さないように、徹底的に蓋をしてきたのです。
ウィリーの本当の気持ちは、物語の終わりに、長男ビフによって語られることになります。
ビフは高校卒業があやうくなり、敬愛する父に助けを求め会いに行くと、父ウィリーは出張先のホテルで女性と関係していました。父親の大言壮語の「ニセモノ性」と矛盾を知り、ビフの中の父親の虚像が崩れ落ちました。そこで、幸せな子ども時代は終わりました。もう父親の欲望と意志を共有する息子ではいられなくなりました。
息子は自分の弱さを父親の前にさらけ出し、父の期待にこたえられない自分を「もう許してくれ」と言って、去ります。
 これは、父と子の葛藤の物語でもあったのです。

私たちの心の中でも、顕在意識と潜在意識が、父ウィリーと息子ビフのように闘っているのかもしれません。

「本当の自分」を生きようともがく息子

自分の弱さを受け入れ、父と訣別した息子は、その後どう生きていくのでしょう。ビフは父親の価値観の外に出て生きる道をつかんでいけるのでしょうか。
父親の意志と欲望の囲いの中で守られる息子でいる限りは、親子の関係はあたたかい安心安全の場でした。しかし、自立に向かって歩みだした息子は、もうそこに戻ることはできません。
父の価値観から自由になって、どう生きたらいいか分からない。「本当の自分」を求める人生が始まったのです。

「本当の自分」を生きるためには、自分の本当の感情感覚につながるしかない。しかし、それは途方もなく困難で長い道のりであることを、長男ビフの姿が教えてくれています。
ビフは、「本当の自分」を探し求めている私たちの姿のように見えました。

「生きる意味」に無関心で生きることもできる

今回の舞台では、妻リンダや次男ハッピーは、あまりリアルな存在に感じませんでした。それは演出の目配りのなさや演技力の不足ではなくて、この2人は、「本当の自分」で生きたいという欲求がない人物として描かれていると感じました。
主人公ウィリーと長男ビフは、私たち同様、夢や理想を胸にいだき現実のなかでもだえ苦しみ、生きることと格闘しています。
が、妻リンダが大切なのは日々の生活と夫の気持ち。次男ハッピーが見ているものは、現実の享楽のみ。「生きる意味」「本当の自分」を求める渇望を抱かない人々です。

多くの人は、主人公ウィリーや長男ビフのように「どう生きるか」と格闘しています。実際には、誰もがこの両方の面を、自分の中にもっています。妻リンダや次男ハッピーは、私たちの中の現実的な面の象徴なのかもしれません。

「人に好かれたい」という欲望の正体

他人軸から自分軸へ

人間関係リセット症候群がやりがちな行動

 この作品には、「人に好かれる」という言葉がよく出てきます。父親ウィリーもその妻も、たびたび言います。
「子どもたちは、本当にパパが大好き(だった)!」
そして、ウィリーもまた子どもたちに言います。
「(成功するためには)人に好かれろ!」

息子を持つ友人たちが
「息子から嫌われたくない」と言います。
娘しかいない私には「娘に嫌われたくない」という感覚が分からない。現に、娘たちはめちゃめちゃシビアに、私を批判してきたりします。
反抗期の子どもは親を憎むことがあるだろうし、成人後も、親の過去の理不尽な言動を許せない!と感じている人は多いです。そうやって人は、自立への道を歩んでいくものなのに、恋人でもあるまいに、「息子に嫌われたくない」って、いったいどんな感情? 息子って恋人感覚になるのか~?
と息子がいない私は想像したりしています。
でも、やっぱり、私も、子どもや孫から好かれたいし、嫌われたら悲しいなあと、思いました。

 誰でも、人から好かれたい。
でも、もし、自分がどんな人が好きなのかが分からないのに、人から好かれてしまったら、その相手からの「好き」も受けとりがたいのではないでしょうか。
もし、誰からも好かれてしまったら、自分がどんな人間なのか、自分の輪郭が分からなくなってしまいそうだし。
 いや、みんなに好かれたら、ものすごい幸せなのかもしれません。(みんなから好かれたことがないので、ちょっと想像できません)


みんなに好かれたい~資本主義経済の中で生きる者の宿命?~

父親ウィリーの「みんなから好かれたい!」願望は、
〈経済的成功が唯一の価値となり、そのためには、不特定多数の人々から「好かれる」ことが必要だ。成功者は、みんなから好かれているように見える。いったいどうやったらみんなから好かれて、成功できるのか⁉️ 〉と雲をつかむような焦りにさいなまれる現代人の姿かもしれません。

自分軸で生きる~自分らしく生きるとは?~

成功するために誰からも好かれたいウィリーは、「自分軸」を捨てて「他人軸」だけを求めています。みんなから好かれたければ、どんな人からも受け入れられる自分にならなければなりません。そんなこと、ムリにきまってる!! それに、もし、誰にでも合わせていたら、誰も心から信用してくれなるなりそうです。

実際には、しっかり「自分軸」で生きている人のほうが、信頼されたり愛されているのではないでしょうか。

他人軸のメリット

人間関係を断つメリット・デメリット

「みんなから好かれたい」と、他人軸で生きていると、どんないいことがありますか
他人軸で生きていれば、例えば、自分で自分の生き方を決めなくていいので、「本当の自分とは何か?」「私はどう生きたいのか?」に悩まなくていいです。
自分で決めるより、誰かに決めてもらった方が楽だと感じるときは、私にもあります。だって、「自分軸で生きる」って結構たいへんなことですから。

でも、ずっと「他人軸」で生きていたら、自分の本当の好き嫌いも、希望や欲望も分からなくなってしまいそうです。

顕在意識と潜在意識の統合~人間関係の悩みを解決する根本的な方法とは~

顕在意識はアクセル、潜在意識はブレーキ

  この作品の大きなテーマの1つは、父と子の葛藤なのですが、それを考えていたら、これは、私のなかの「顕在意識と潜在意識の葛藤の話なのだ!」と、気づきました。
父親ウィリーは私の顕在意識であり、いつも私に「もっとやれ!もっとできるはず!」とプッシュし続けています。
長男ビフは私の潜在意識であり、ボーっとしているときや、ふとした瞬間に、私の奥のほうからひらめきや深い気づきを浮かび上がらせてくれたり、今ここに存在する不思議で包んでくれたりします。
顕在意識は行動を促し、評価する。潜在意識は内なる自分を大切にし、存在の根柢につながっている。

言いかえれば、顕在意識は私という車のアクセルであり、潜在意識はブレーキ。
私のなかの父親ウィリーは、「成功しろ!何者かになれ!」と自分を叱咤激励し、私の中の長男ビフは、「力も能力もない弱虫でも、私は私なのです」と言っているようです。

顕在意識と潜在意識の統合

 「セールスマンの死」は、長男ウィリーが家を出て、父親ウィリーは自死して終わる、という救いようのない悲劇です。
 でも、私たちは、自分の中のウィリー(顕在意識)なくしては生きられないし、自分の中のビフ(潜在意識)だけに安住していても生きていけません。
 でも、どちらも自分です。どうすればいいのでしょうか。

答えは、顕在意識と潜在意識の統合です。
 引き裂かれ対立し正反対の2つを包みこむ、より高い次元の第3の道を見出せばよいのです。
 (参照:「時空統合セッション」で、この顕在意識と潜在意識の統合を行っています)

私たちの自立への物語

この物語には、どこにも希望がありません。
でも、もし、希望があるとしたら、それは、家を出たウィリーのこれからの生き方です。
ビフが家を出た後も、父との葛藤を、自分のなかの顕在意識と潜在意識の葛藤として乗り越えていかなければならないでしょう。それが、自立への道なのだから。
「私たちの抱えている課題のすべては人間関係の問題」(byアドラー)です。その人間関係の悩みの根柢には顕在意識と潜在意識の断絶があります。それは、親との関係のズレが、自分をとりまく現在の人間関係の問題になって現れていることがとても多いです。

人が自立していくときには、困難ではあるが、とても大切な闘いが私たちの内面で繰りひろげられています。

自分の本当の声(潜在意識の声)を聴く

親との葛藤、人間関係の苦しみを解決するためには、どうしたらよいのでしょうか? 今すぐやれることは何でしょうか?
多くの方が人間関係をよくするために、「コミュニケーション能力を磨き、話す力・聴く力を高めたい!」と言います。しかし、誰とのコミュニケーション力を磨かねばならないのでしょうか。
それは、他人ではなくて、「自分とのコミュにケーション力」です。私も、「本当の自分」に少しでもつながるために、ヨガや呼吸法、瞑想をしたり、ボーーーッとする時間をもったりしています。そして、セルフセッションをしています。

自分の内なる声を聴く、自分の本当の声に耳を傾ける力こそが、最も大切なコミュニケーション能力です。

(顕在意識と潜在意識の統合をしていく最速最短で、あと戻りのない、もっとも確かな方法は、「時空統合セッション」として提供しています)

まとめ~どう生きるか?を問われる~

自分にとってプラスかどうか

 「セールスマンの死」の原作と舞台は、私たちの心のなかの複雑な葛藤を、ひとつの家族の物語として見せてくれています。
 悲哀が、28歳の私の心にあたたかい涙をあたえてくれた舞台が、今、66歳の私に問うています。―――「競争や能力への渇望を手にしたまま、いまだ自分のほんものに手が届かず、あなたは今どのように生きたいのか」と。

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